大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

浦和家庭裁判所川越支部 昭和54年(少)205号 決定

少年 I・T(昭三八・三・三一生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

押収してある模造けん銃一丁(昭和五四年押一八号の二)、果物ナイフ一丁(同押号の三)、模造けん銃のプラスチック製ケース(プラスチック製弾丸五〇発入り)一個(同押号の九)を没取する。

理由

(非行事実)

少年は

(1)  金品を強取しようと企て、昭和五四年二月六日午前一一時〇五分ごろ、埼玉県所沢市○○町××番×号○○銀行所沢支店一階窓口のカウンターにおいて同行員窓口係A子(当時二三歳)に対し、所携の本物と思われる玩具用けん銃を突きつけ「金を袋に詰めろ。」と申し向けて脅迫、畏怖せしめ、更に所携の果物ナイフ(刃体の長さ約一〇センチメートル)を突きつけ「五〇万円出せ。」などと申し向けて脅迫し、その反抗を抑圧したうえ、同女から、同銀行所沢支店長B管理にかかる現金一〇〇万円を強取し

(2)  銀行強盗の目的をもつて昭和五四年二月六日午前一〇時一〇分ごろから同日午前一一時〇五分ごろ迄の間所沢市○○町×番××号株式会社○○ストアー所沢駅前店先路上から所沢市大字○○×××番地県立○○高等学校を経て所沢市○○町×××番×号株式会社○○銀行所沢支店に至る間の約二、二キロメートルにわたり、刃体の長さ約一〇センチメートルの「果物ナイフ」と称する刃物を携帯したものである

(法令の適用)

強盗 刑法二三六条一項

銃砲刀剣類所持等取締法違反 同法二二条

同法施行令九条、規則一七条、同法三二条、三四条

(処遇の理由)

本件法律記録および少年調査記録を調査検討し、当裁判所の審判の結果も参酌して考察するに、おおよそ次の事情が明らかである。

少年は典型的な中産階級とみられる通常の家庭環境の下で成育し、高校へ進学できる程度の平均的な知能と体力を有しており、その資質については特に問題なく、過去において非行前歴が全くないのみならず、反社会的徴候すら認められなかつたものであるが、高校への通学が心理的負担となり、その中退の手段として敢えて発覚を前提に本件の如き重大な非行をなすに至つたものである。ところで、そもそも少年をして突如このような非行に走らせたものは、端的に言つて少年生来の性格に加え、これを助長した家庭環境ないし教育方法に専ら起因する。すなわち、少年は無口で気が弱く、神無質で孤独を好む反面、勝気と自己顕示欲を内在し、常に抑圧された反抗心が昇華発散されることなく、内向的に畜積されていた。他方、少年の性格等に対する両親の配慮も不十分であり、少年に対する精神面における教育ないし交流に乏しく、ひいては少年の心情や個性を把握できず、むしろ無理解とも見受けられるような養育方針に基づき一方的支配に偏したしつけと統制の下で将来に対する過重な期待を持ち続けてきた。そして、これがますます少年の前述のような資性とあいまつて少年の上記短所をますます悪化させることになり、少年自身をして常に両親の期待を裏切れない心境に追い詰め、その結果、反動的に視野が狭まり自他を客観的に見ることが困難になる程度にまで現実認識の不足や常識性ないし融通性の欠如等をもたらすに至つたものである。しかも、少年が両親との間において精神的葛藤を生じたことは、少年をしてあらゆる面に劣等感、弱小感を抱かせることとなり、挙句はその特殊な心理状態に陥らしめ、学業からの逃避はもとより両親から逃避すら考えざるをえない事態に立ち至つている。

叙上の諸事情に鑑みれば、本件非行はその態様自体軽視を許されないものであるけれども、通常の少年事件にみられるような、いわゆる反社会性の顕現とは異なり、専ら少年の非社会性と将来に対する不安感、無思慮ともみられる偏倚した考え方を根底とした家庭環境に対する反撥抵抗心の発露がその要因となつているものといえよう。そして、このような少年の心理状態は本件非行後においてもさほどの変化をもたらしておらず、他面、両親においても今のところ少年の性格的負因を解消させるに足りる指導力ないし監護能力は乏しいと思われるので、このまま少年を家庭に戻し直ちに両親の監護下におけば、これまでの親子関係がそのまま再現する可能性が大きいものといわざるをえない。このようなことから、少年をしてその温順素直な長所を生かし、明るくはつらつとした気分に転換させるためには、この段階で少年の感情を自由に開放させる傍ら、社会的責任を自覚させ、将来あらゆる環境に耐えうる社会性ないし適応性を涵養させるとともに、両親に対しても現在までの親子関係を幾分なりとも反省させる機会を与え、今しばらく家庭環境の調整を積極的に推し進めることが現時点においては何よりも急務であろう。そして、そのためには開放的な雰囲気をもつ規律ある集団生活の中で、日常の起居を通じ、専門家による短期間の集中的矯正教育を施すことが最も望ましいものであると思料する。

よつて、保護処分につき少年法二四条一項三号、少年審判規則三七条一項、少年院法二条三項に従い少年を中等小年院(一般短期処遇)に送致することとし、押収してある模造けん銃一丁(昭和五四年押一八号の二)、果物ナイフ一丁(同押号の三)、模造けん銃のプラスチック製ケース(プラスチック製弾丸五〇発入り)一個(同押号の九)は前示非行を組成又は供用した物で、少年以外の者に属しないから少年法二四条の二第一項一号および二号、二項に従いこれを没取することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 長西英三)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例